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わかった

 エロ漫画なぞ、読まない僕が、「わいせつ漫画を描くことが表現の自由なんでしょうか」、という台詞を、妙に不愉快に感じる、その理由が、漠然と、わかった、いま、わかった。

 答えは、簡単。
 表現の自由が、この台詞を吐く人のなかで、本来ありえない、組織権力化、している、から、だ。

 わいせつ漫画を、描くことを、表現の自由から、取り除くことは、原理的に、不可能だ。
 表現の自由には、その言葉のとおり、すべての、表現的自由が、含有されている。
 どうしても、わいせつ漫画を、表現の自由から取り除こうとすれば、必然的に、表現の自由という、概念自体を、解体するしか、なくなる。
 つまり、表現の自由など、もともと、ありません、と、いうことでしか、わいせつ漫画を、取り除くことは、できない。

 しかし、なぜ、この台詞が、成り立つのか。
 それは、ただ単に、この台詞を吐く人の、脳みそのなかで、表現の自由が、なにか実体をもつ、確固たる、権力構造として、捉えられてしまっている、から、だ。
 表現の自由という、言葉自体が、それ自体が、自ら、表現の自由、を、反映できる範疇を、指定する、かのごとく、錯覚に、陥っている。

 のだと、漠然と、わかった、ような、気がする、けど、いまいち、うまく、説明、出来ない。

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